39.こんぴら街道をあるく
こんぴら街道とは江戸時代「こんぴら参り」のために使われた道。
街道は5つあり、今回はその1つ「丸亀街道」を歩いてきました。
丸亀街道の始まりは、現在のJR丸亀駅の北側にある太助灯籠。そこから琴平の高灯籠までの150丁(約12Km)の道のりです。
https://www.city.marugame.lg.jp/sightseeing/spot/konpirakaido/
そもそもの始まりは、6月のはじめにポイトラを一緒にやっているハタさんが二十歳の頃に歩き遍路をしたと聞いたこと。
ハタさんは終始イライラしたお遍路だと言っていたけど、野宿や空腹、入院など、歩き遍路の体験をその時の写真と一緒に見せてもらった自分にとってそれはなかなか魅力的なことのように思えた。(あとはなんでイライラするんだろうという疑問も。)
いつかはお遍路をやってみたい
とは言っても、「それはいつかその時がくれば」というような感じだろうか。
お遍路、歩くこと、香川といえば、、こんぴら参りがあるじゃないか。そんなことをふと思いついたのだ。
そうと決まれば、歩こうじゃないか。
香川県案内のために帰省した今回。梅雨の晴れ間にいつものTシャツ、短パン、スニーカーという出で立ちで歩いてみた。
始まりは、丸亀港にある太助灯籠。
いざ歩こうと思ってから気づいたが、こんぴら参りをするための道しるべはまちの中のそこかしこにある。なんだか贅沢かもしれないが、生活に馴染みすぎている。
太助灯籠ひとつとってみても、小学校、中学校、高校、それにまつわるさまざまな思い出や話したいことがあるが、それはまた別の話。
いざ、街道を歩く。
商店街(通町)のアーケードにちょっとだけ入って道は右に折れる。
今、使われている駅前の通りから一本入ったところが旧街道。
この道、なんか良いなー。なんだろう、ちょっと良い空気をまとったものが多い感じ。
そのまま、南下する。
中府の大鳥居を抜けると、そろそろ自分の地元に入る。小学校区だ。
小学校のころ、遠くの友達の家に行くのに歩いた道。雰囲気が怖かった路地裏。変わったところも変わってないところもある。
国道11号線を越え、高松自動車道も越えていく。(高速は越えるではなく、くぐって行くと言った方が正しいのかな?)
中学の自転車を買った店や、部活の後輩が住んでいたマンションの側を通り過ぎると、いつの間にやら街道は車通りの多い道から農道になる。
今日の最高気温は32℃。あつい、
農道に入ると人通りも少ないから、コンビニや自動販売機もないことに気づく。
さらに南下して、朝ごはんを兼ねてうどんを食べる。汗をかいた後はぶっかけの出汁の塩っ気がちょうどよい。
ちょっと休憩してまた歩く。この辺りは、高校を休学していた頃に夜な夜な遊びにきていたエリア。
こんぴら街道の道しるべを記している地図には、茶堂の跡がところどころ記されている。
10kmちょっとの道を昔の人はどのくらいの速さで歩いたのだろうか?
お茶屋で休憩するのも楽しみにひとつだったのかな?
こんぴらさんがチラリと見え始めたが、なかなか距離は縮まらない。
はやる気持ちがないわけではないが、百二十四丁石を過ぎたあたりの木陰ですこし休憩をした。
すこし足が痛くなってきたころに石の鳥居が見えた。
JRの線路の下をくぐり、ことでんの線路を渡ったらいよいよ琴平のまち。
昔はきっと遠くからでも見えたのだろうが、僕はかなり近づいてから高灯篭に気づいた。
かかった時間は休憩込みで4時間ちょっと。
歩いたのは丸亀の港から金刀比羅宮のお膝元まで。
普段なにげなく目にしている道しるべを改めて探しながら歩くのは面白い。
昔の街道のおもかげを感じた場所はたくさんあった。
しかし、それよりも
道を歩いていると、その場所その場所で
様々な人たちとの記憶が思い返されたことに驚いた。
道と記憶は繋がっている。